「世界の切手と海外写真」店長ブログ!

「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」の店長です。切手収集や海外旅行等雑多な趣味・コレクション・写真を通じて日々の出来事や感じた事を書き記してます。神奈川出身、三重県・名張市在住。
海外写真|ルクソールの東岸(生者の町)・カルナック神殿のスカラベ(scarab)
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  ルクソール(Luxor)は、古代エジプトの都テーベがあった場所で、現在も数多くの遺跡が残っている。市域はナイル川によって分断されている。太陽が昇るナイル東岸は生命と成長の源を意味する「生の都」、日が沈むナイル西岸は生命の衰退を意味する「死者の都」と考えられていました。

 エジプト最大の神殿であるカルナック神殿(KARNAK)とは、アメン大神殿、ムート神殿、コンス神殿(夫婦と子供)などからなる巨大な神殿群で、アモン神(別名アメン神、元々はテーベ(現・ルクソール)地方の大気の守護神、豊饒神)をまつった神殿で、東西540m、南北600mの周壁で囲まれた壮大な神殿、世界最大の神殿建造物といわれる。  東岸にあります。

 カルナック神殿の聖なる池の前には大きなスカラベがあり、スカラベはアメンホテプ3世が寄進したもの。
 この特大のスカラベの周りを4周すると願い事がかなうそうだ。後ろはカルナック神殿、大列柱室。
 国籍や年齢、性別を問わず。 女性が多かったですね。

 スカラベ(scarab)

■スカラベ(scarab)とは、甲虫類のコガネムシ科にタマオシコガネ属の属名及びその語源となった古代エジプト語。単独の種名ではないため、いくつもの種が存在。おもに哺乳動物の糞を転がして球状化させつつ運び、地中に埋めて食料とする。古代エジプトでは、創造神ケプリの象徴とされ、太陽神と同一視された聖甲虫である。再生、復活の象徴として崇拝され、スカラベをかたどった石や印章などが作られた。
 エジプトもので有名な映画『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』では自分より大型の生き物に集団で襲い掛かり捕食する肉食の虫として描かれた。

 スカラベ(scarab)

■ケプリ(スカベラを頭に載せた神)は、エジプト神話における太陽神の一柱、もしくはラーの形態の一つであり、日の出を表わす。 ケプリは、人間男性の体にフンコロガシを頭とする姿で表現される。これはフンコロガシが丸めた獣糞を倒立状態で押して運ぶ様が、太陽の運行を象徴すると考えられたためである。



■詳細は 「ルクソールの東岸 カルナック神殿、ルクソ-ル神殿 他」 で。 


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| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アフリカ | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海外写真|アフリカ・エジプトの「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア
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 カイロから列車にて「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア(アレキサンドリア、Alexandria)へ、国立博物館(Alexandria National Museum)・ポンペイの柱・カタコンペを見学。 アレキサンドリアはマケドニア王アレキサンドロス大王(アレキサンダー大王)が、その遠征行の途上で、B.C.331年にオリエントの各地に自分の名を冠して建設したギリシア風の都市の第1号で、エジプトの絶世の美女の代名詞で最後のファラオのクレオパトラが住んでいた町として有名です。
 B.C.30年、クレオパトラ7世が自殺。ローマの皇帝属州となり古代エジプトは終焉を迎えました。 アレキサンドリアは、クレオパトラとアントニーとの激しい恋の舞台ともなりました。
 数世紀後、ナポレオンがこの町を訪れた時には小さな漁村と衰退したものの、19世紀以来、商業・海運業の中心地となり、ギリシア、 イタリア、レバントからの移民たちにより、商業とコスモポリタンで自由な雰囲気がもたらされ、フォスターやカバフィなどの作家たちを魅了しました。
 

「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア

 
 空の青さが目に染みる街・アレキサンドリア。海は地中海です。

「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア



 アレキサンドリアのポンペイの柱は、プトレマイオス朝(グレコ・ローマン)の巨大な図書館の柱。ポンペイの柱:ローマ皇帝への感謝の記念碑としてポンペイの柱は立てられました。292年に建てられたもので柱の高さは30m 胴周りは8mあり、アスワンで産出された赤い花崗岩でできている。 この柱の地下にはパピルスの文書をアーカイブしていた図書館跡もあります。 建設当時(西暦292年)は柱が400本も有ったといいます。チャンとスフィンクスも鎮座しています。

「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア 「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア

 アレキサンドリアの国立博物館のセラピス神の像(アレキサンドリアの守護神)とアクエンアテン(アメンホテプ4世、ツタンカーメンの父親)
 
■セラピス神はエジプトとギリシアの宗教的概念の融合で、アレキサンドリアにその根源があります。セラピス神への崇拝を始めたとされるのはプトレマイオス祇い如悒札薀撻Ε燹戮噺討个譴觝能蕕凌静造魴てました。セラピス神への信仰は広くローマ時代に引き継がれ、その神殿もローマ帝国全土に広まっていきました。 でも見た目はギリシャ風ですね。 エジプトの人の反発も大きかった。
■アクエンアテンは、ツタンカーメンの父です。エジプト三大美女のネフェルティティの旦那さん。


 世界三大美女は、クレオパトラ7世、楊貴妃、ヘレネが定説です。日本ではヘレネの代わりに小野小町(「日本の文化人・有名人・著名人の切手」で紹介)が入れることが多い。基本的には、歴史の流れを彼女たち自身の男性を魅了する力で変えたことが、「美人」たる所以となっている。実際にはクレオパトラ7世は「絶世の美女」というほどの美貌ではなかったと考えられており、同様に楊貴妃も太っていたと考えられる逸話があるなどメディアで見られる東洋的美人とは異なるという指摘もある。また、オーストリア皇后エリーザベト(「オーストリア写真集」に絵画を掲載)を加えて世界四大美女とする場合もあります。

 他には、コム・エル・シュカファのカタコンベ(英:catacomb)は、地下の墓所のこと。長い階段を下りました。 カタコンベは、ある家族の墓所でしたが、ローマを逃れたキリスト(コプトキリスト教)教徒が隠れ礼拝した場所や、世界の七不思議のアレキサンドリアの大灯台(Lighthouse of Alexandria)の跡もあります。


■詳細は、 アフリカ・エジプトの「地中海の真珠」とも呼ばれる港町アレキサンドリア


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| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アフリカ | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海外写真|アフリカ・エジプトのギザの3大ピラミッドとスフィンクス
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カイロから近くのギザの3大ピラミッド(Pyramid、ネクロポリスと言われている)とスフィンクスを中心に。
 古代エジプトにおけるピラミッドは、巨石を四角錐状に積み上げ、中に通路や部屋を配置した建造物である。 王が天に昇る階段としての役割や、その斜めの外形が太陽光を模したものであるとも考えられている。 ピラミッドの歴史は、マスタバ墳(台形の墳墓)→階段ピラミッド →屈折ピラミッド→赤のピラミッド(真正ピラミッド)→クフ王のピラミッドとなった。 ここで紹介するのはピラミッドの最終の型で以降はオベリスクが代用した。 石はアスワンから運んだものの様です。

ピラミッド



 世界遺産ギザの3大ピラミッドコンプレックス(右のピラミッドの下部の白い建物は太陽の船(クフ王の船)を保管しています。 ピラミッドは左から メンカウラー王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、クフ王のピラミッド 更に小さいのは王妃達のピラミッドです。
 クフ王のピラミッドは、内部の見学が出来ました。盗掘された跡から90m(玄室)の高さまで上る事が出来ます。ですが、殆どが中腰で通路が狭く、上った後は流石に足腰が痛かった。 何でも1日300人が入室が可能で朝7時過ぎからチケット買いでならぶ必要があるとか。人本の旅行会社は賄賂が上手で簡単でした。一番有名なクフ王の内部。何があるんだろーと思ったら最後に棺の部屋があるだけで、ちょっと拍子抜け。

 

ピラミッド ラクダ



 ピラミッドの傍の隊商(観光客)と砂漠のラクダ物凄く絵になりますね。  エジプトのラクダはヒトコブラクダです。
 後ろに見えるのは観光客でもラクダの隊商。 子供の頃にイメージしていたものです。 


ピラミッド スフィンクス



 スフィンクス((Great Sphynx of Giza))は、エジプト神話やギリシア神話、メソポタミア神話などに登場する、ライオンの身体と人間の顔を持った神聖な存在あるいは怪物。全長73.5m、全高20m、全幅6m。一枚岩からの彫り出しとしては世界最大の像。ただし、頭の部分だけ、別の場所から運ばれてきた硬質石灰岩で造られており、完全な一枚岩ではない。鼻の破損は、ナポレオンが訪れたとき、仏軍がスフィンクスを標的に大砲を打ち込んで一部を破壊してしまったという説もある。

 いずれも、人間が作ったものとは思えない位大きく迫力満点でした。



■詳細は、 アフリカ・エジプトのギザの3大ピラミッドとスフィンクス


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| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アフリカ | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海外写真|アフリカ・エジプトのサッカラ・ダハシュールの最古のピラミッド群
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 ピラミッドの歴史は、マスタバ墳(台形の墳墓)→階段ピラミッド →屈折ピラミッド→赤のピラミッド(真正ピラミッド)→クフ王のピラミッドとなっています。 3大ピラミッドより古いピラミッドがサッカラやダハシュールにあります。
 サッカラやダハシュールはメンフィスのネクロポリス・死者の町です。 カイロから車で約1時間。

■サッカラ(Saqqara)の町には、古墳やピラミッドが多数ありますが、最も興味をそそるのは、古王国第三王朝時代 (BC28世紀)のジェゼル(ジェセル)王の階段ピラミッドであることは言うまでもありません。 これはギザの ピラミッドより古いもので、建築家イムホテプによって設計されました。これは階段ピラミッド、彫刻が施された壁のある葬祭殿、神殿のコンプレックスで、世界最古の石像建造物です。サッカラではウナス王のピラミッド、聖牛アピスのために作られた60トン以上の花崗岩製の石棺が24個も納められているセラペウム、壁画の美しい貴族のマスタバ墳墓、プタハ・ホテプの墳墓、カゲムニとメレルカの墳墓などの遺跡があります。

 

サッカラ・ダハシュールの階段ピラミッド



 第3王朝のジェセル王(Djoser 又は Netjerikhet、紀元前27世紀のエジプト第3王朝のファラオ(第2代目)、在位は紀元前2668年から紀元前2649年)の階段ピラミッド (step pyramid)は、 高さ62メートルであり、東西125メートル、南北109メートルという長方形の底面を持っています。階段ピラミッドは元来、初期王朝時代から見られる正方形のマスタバとして高さ10メートル、一辺63メートルの規模を持って建設される予定であった。しかし、建設を担当したジェセル王の重臣イムホテプらによって東側に向けて何度も拡張が繰り返され、最終的には階段上の概観を持つピラミッドとして完成した。北側に葬祭殿、東側に王宮等、この複合体全体を高さ10.4メートル、東西277メートル、南北545メートルの外壁が取り囲んでいた。ジェゼル王のピラミッドは、6層の階段状ピラミッドで、各層は、ピラミッド以前の方形の墓であるマスタバ状になっている。 マスタバ(英語: Mastaba)とは古代エジプトで建設された長方形の大墓。エジプト原王朝時代から建造が確認されており、古い時代の基本的な貴人の墓の形態であった。マスタバは主に日干しレンガを用いて建設された。

サッカラ・ダハシュールの屈折ピラミッド



 屈折ピラミッド(Bent Pyramid)とは、エジプトのダハシュールにある古代エジプト・古王国時代第4王朝のファラオでクフ王の父でもあるスネフェル王(Sneferu、在位:BC2613年からBC2589年。)のピラミッドである。三大ピラミッドなどと共にメンフィスとその墓地遺跡として世界遺産に登録されている。高さ105m、底辺189mであるが、特徴的なのは屈折ピラミッドの名のとおり途中で傾斜角度が変わっていて、下部は54度27分、上部は43度22分となっている。

サッカラ・ダハシュールの赤いピラミッド



 「赤いピラミッド(Red Pyramid)」は、三大ピラミッドなどと共にメンフィスとその墓地遺跡として世界遺産に登録されている。スネフェル王が先に建設した屈折ピラミッドの約1km北方に建てられ、初めて直線のラインを持ち、壁面が二等辺三角形になっている方錐形の真正ピラミッドである。高さは、クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッドに次いで3番目に高い。高さ104.4m、底辺218.5m×221.5m、傾斜角度は43度19分。


 他には、アメンエムハト3世のピラミッドは、その暗い色のために黒のピラミッド(日干し煉瓦と玄武岩で作成)として知られています。 黒のピラミッドは、ダハシュールの屈折ピラミッド・赤のピラミッドほどは知られていません。というのは、それが崩壊寸前であるため、観光客には閉じられているからです。
 現在エジプトには、確認されているだけでも90基のピラミッドがある。
 人間の物凄いパワーを感じます。


■詳細は、 アフリカ・エジプトのサッカラ・ダハシュールの最古のピラミッド群


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| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アフリカ | 08:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海外写真|アフリカ・エジプトのエジプト最古代の首都・メンフィス
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 メンフィス(Memphis)は、初代ファラオ・ナルメル王(※1)によって築かれたエジプト最古代の首都です。 ※1:ナルメル(Narmer)は、紀元前32世紀の古代エジプトのファラオである。セルケト(「さそり王」)の後継者で、エジプト第1王朝の創始者であると考えられている。ナルメルは「荒れ狂うナマズ」という意味である。ナルメルの妻は、下エジプトの王女ネイトホテプと考えられている。彼女の名が刻まれた碑文がナルメルの後継者であるホル・アハやジェルの墳墓から発見されていることから、彼女はホル・アハの母もしくは妻だったのではないかと思われる。
 メンフィス博物館を中心にご案内します。

メンフィス(Memphis)



 メンフィス博物館の入口で咲き誇る真紅のブーゲンビリア。 エジプトはブーゲンビリアが多い。

メンフィス(Memphis)



 メンフィス博物館にはラムセス2世の巨像が展示されています。博物館と言っても、ラムセス2世像にちょっとした屋根がついているだけで、あとは野ざらしになっています。 ラムセス2世像は博物館があるところにあったプタハ神殿に建てられていたもので、2体が1対になっていたものです。この博物館には、足が破損してしまい、横たわっている2重冠(上下エジプトを統一した意味)のラムセス2世像があります。

カルトゥーシュ



 その肩にはカルトゥーシュ (cartouche)が刻まれています。カルトゥーシュ (cartouche) は、古代エジプトで使われていたヒエログリフ(hieroglyph(聖刻文字、神聖文字)は、古代エジプトで使われた文字の1種。)の文字(記号)の1つで、ファラオの名前を囲む曲線。古代エジプトではシェヌと呼ばれる文字であり、シェンを細長く伸ばしたものである。現在でも壁画などに描かれたファラオの名にカルトゥーシュを確認することができる。

メンフィス(Memphis)



トトメス王のアラバスター(雪花石膏)製のスフィンクスは、ギザのスフィンクスについで国内2番目の大きさで、全長8m、高さ4.25m。新王国時代のアメンヘテプ2世(在位B.C.1453-B.C.1418年)が作ったとされています。


 メンフィスは、今はのどかな農村地帯ですが、ここにも多くの遺跡が眠っています。 博物館と言っても、ラムセス2世像にちょっとした屋根がついているだけで、あとは野ざらしになっています。時代の変遷を感じます。




■詳細は、 アフリカ・エジプトのエジプト最古代の首都・メンフィス


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| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アフリカ | 08:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海外写真|アフリカ・エジプトの首都・カイロ
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 カイロは、ナイル川河畔の交通の要衝として中世に建設されてより現在にいたるまで長い時代を通じてイスラム世界における学術、文化、経済の中心都市でありつづけた中東有数の世界都市です。 カイロはエジプト・アラブ共和国の首都でアフリカ最大の都市です。 但し、交通渋滞は流石に酷く、信号が無い事で交通渋滞を緩和していますが、歩く人には非常に危険です。 町の中心部はナイル川が流れ自然も豊かですが、少し離れると埃っぽい砂漠が広がっています。 カイロ国際空港も砂漠の中にあります。 人口の約26%が生活するカイロは、地中海の香りと東洋の魅力をミックスした都会的な都市で、ファラオ王朝、ギリシャ・ローマ時代、キリスト教及びイスラム教の歴史的建造物が共存する町です。温かく親しみのある人々は伝統的な客をもてなす歓待心にあふれ、彼らはまたそれを誇りにしています。 ナイル川の東部流域に伸びるモカッタムの丘の上にサラーハ・エル・ディーンの城塞が威風堂々と建っています。ここには壮麗なモスクやイスラム教のモニュメントなど何百もの建物があります。

首都・カイロ


 ヒルトンの近くのナイルに架かる10月6日橋とゲジラ島のカイロタワー

 カイロタワー(Cairo Tower)は、ゲジラ島(El Gezirah Island)の中心にあるカイロで最も高い建築物。蓮の花をモチーフにした外観は遠くからでも目立ち、カイロのランドマークになっている。高さは187m、最上階の展望台からはイスラム世界の学術、文化、経済の中心地であるカイロ市街を一望できる。また、レストランやカフェテリアも併設されている。
 カイロは交通信号が殆ど無いですね。ガイドさんに聞いたら、「信号をつけたら渋滞が更に激しくなるからつけない」との事。理由は分かるが片側2−5車線で渡るのも凄く大変、命がけです。下手をすると一緒道の片側しか知らない人も居るのかなと変な邪推もしました。

首都・カイロ


 オールドカイロ(世界遺産)ギリシャ正教会の聖ジョージ修道院・ドームの全景

 聖ジョージ修道院は、世界遺産のオールドカイロにあるギリシャ正教の修道院と教会を兼ねた施設です。聖人の一人である聖ジョージのイコンが数多く飾られています。そこかしこにあるのは、馬にまたがって竜を退治している騎士姿の聖ジョージの絵です。4〜7世紀頃に建設されたが、20世紀に破壊され再建されている。この教会は、イエスの家族が難を逃れるためエジプトに渡ったという新約聖書の伝承に述べられている、一行が身を寄せた場所に建てられている。丸いドームがあるのが特徴で、敷地内にはローマ時代の塔や修道院などがある。入口の階段の反対側には、コプト織のみやげ物屋が並ぶ。聖ジョージ(セント・ジョージ)はキリスト教7人の英雄の一人に数えられる。サン・ジョルジュ、サン・ジョルディ、聖ゲオルギウス(Georgius)、いずれも彼のことである。


エジプト考古学博物館


 世界遺産 シタダル(城塞砦) ムハンマド・アリー・モスクとミナレット(イスラム教寺院の塔)

 ムハンマド・アリー・パシャは、オスマン帝国の属州エジプトの支配者で、ムハンマド・アリー朝の創始者。オスマン帝国のエジプト総督ながらエジプトに半独立政権を樹立し、専制支配のもとで富国強兵政策を強行して近代エジプトの基礎を築いた。遺骸はカイロのシタデルの丘に運ばれ、丘の上に生前建設されたムハンマド・アリー・モスクに葬られた。

エジプト考古学博物館 首都・カイロ


 エジプトで一番見たかった場所、エジプト考古学博物館の玄関とクレオパトラの肖像でしょうか?

 エジプト考古学博物館は、エジプトの首都カイロにある国立の考古学博物館。通称カイロ博物館。年中無休。収蔵点数は20万点にものぼると言われる。館内には、ツタンカーメン王の王墓から発掘された黄金のマスク、黄金の玉座をはじめ、カフラー王座像、ラムセス2世のミイラなど、古代エジプトの至宝が展示されていました。残念ながら写真撮影は禁止でしたが、ツタンカーメンの遺物は目を見張るものがありました。
 詳細は、「the Rosicrucian Egyptian Museum」のWebサイト(英語)で。ロゼッタストーンのコピーもあり。
 この博物館は、以前に訪問したフランスのルーヴル美術館やアメリカ合衆国のメトロポリタン美術館以上にミイラの数が多いし、地元の利もあってか内容が充実しています。 圧巻はツタンカーメンですが、ミイラはルクソールの王家の谷、でもツタンカーメンの黄金のマスク、黄金の玉座があります。玉座はアンケセナーメンとの中睦まじい絵が金で作られていて、びっくりしました。 早速、ツタンカーメンの玉座の絵を描いたパピルスを購入しました。


 最後に面白いエジプトのカイロの話:ラムセス・ヒルトン(カイロの中心街)から見えるこの店(1階はハンバーガーのマクドナルド)の3階の屋上は、朝になるとヤギが放たれています。猫とヤギが仲良く運動をしています。首都のカイロです。日本では決して見れない光景です。写真では2頭しか撮れなかったが10頭前後はいた。(詳細は見てからのお楽しみ)




■詳細は、 アフリカ・エジプトの首都・カイロ


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| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アフリカ | 07:42 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海外写真|アフリカ・エジプトのアスワン観光(切りかけのオベリスク)−アスワン・ハイ・ダム
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 アスワン(Aswan)、もしくはシエネ(Syene)は、エジプト南部、ヌビア地方の都市で、アスワン県の県都。市内には、アガサ・クリスティが『ナイルに死す』を執筆し、その舞台となったことで知られる名門ホテル「オールド・カタラクト」があります。

 この町は1951年〜1978年にかけて、世界最少の平均降水量(0.5mm)を記録した。また、エラトステネスは、この都市とアレキサンドリアとの太陽の南中高度の違いから地球の全周の大きさを求めた場所です。
 ※エラトステネス(Eratosthenes, 紀元前275年 - 紀元前194年)は、ヘレニズム時代のエジプトで活躍したギリシャ人の学者。業績は文献学、地理学をはじめヘレニズム時代の学問の多岐に渡るが、特に数学と天文学の分野で後世に残る大きな業績を残した。地球の大きさを初めて測定した人物として、また素数の判定法であるエラトステネスの篩を発明したことで知られています。

 ここでは、切りかけのオベリスク(ピラミッドの次の形)とアスワン・ハイ・ダムを紹介します。

アフリカ・エジプトのアスワン



アスワン オベリスク



 切りかけのオベリスクは、3面が切り取られているが底辺が岩盤と繋がっていえる。岩の亀裂が原因で切り出しが中止となった長さ41.75m、重さ1152t。 ハトシェプスト女王(B.C.1505〜1484)に捧げられる予定であった。 切り出しは岩盤に割れ目をつけ、木の楔を打ちつけ水をかけ木の膨張で切り出す方法。 古代の知恵が生きています。 因みにアスワンの石は、赤御影石(花崗岩)で、オベリスクやピラミッドなど、エジプトの各所の古代遺跡・神殿で利用されています。

アスワン・ハイ・ダム




 古いアスワンダム(オールド・アスワンダム)は、アスワン・ロウ・ダムとも呼ばれる。1901年に完成し、以降数度にわたって拡張された。 「エジプトの母」とも呼ばれるナイル川に造られた高さ111m、全長3,600mの巨大ロックフィルダム。ナイル川の河口から900kmのアスワンにあります。 アスワン・ハイ・ダムは、アスワン・ダムの6.4km上流に建設され、1970年に完成した。 毎年のように起こっていたナイル川の氾濫を防止するとともに、12基の水力発電装置が210万kwの電力を供給。ダムにより出現したナセル湖から供給される水は不足がちの農業用水を安定させ、砂漠の緑化も行われた。その一方で、ナイル川の生態バランスを破壊したなどの批判もある。今では、周辺の遺跡とともに、観光地となっている。 当時のエジプトのナセル大統領がソ連の支援を受けてアスワン・ハイ・ダムを国家的事業として計画を立てた。 大きいです。


■詳細は、 アフリカ・エジプトのアスワン観光(切りかけのオベリスク)−アスワン・ハイ・ダム


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海外写真|アフリカ・エジプトのナイル川クルーズ(ファルーカとベリーダンス他)
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 カイロではベリー(belly=腹)ダンス(お腹を使ったダンス(dance))の夕べ。 エジプトのベリーダンスは西洋人が最初に見た様式とされる。ナポレオンがエジプトに侵攻した際、ナポレオン軍はガワーズィー族との遭遇を果たした。ガワーズィー族はプロフェッショナルな芸人集団として、音楽家として生計を立てていた。売春を行う女性たちがいる一方で、ほとんどノマドの様な生活を送りつつも交易ルートを確立した街に居住していた。 遭遇した当初、フランス人たちは重たげな宝石と髪型に飾り立てられた「野蛮な」踊りを見せる彼らの出現を嫌悪した。しかし、うっとりさせられるような彼らのダンスに自然と惹き付けられていくのにそう時間はかからなかった。他に男性がスカートを穿き踊るタンヌーラ・ダンスは目が点に。動と静のクルージングをご紹介します。

ナイル川クルーズ ベリーダンス



ベリーダンスは女性の肉体の「丸さ」「ふくよかさ」を前面に押し出したスタイルを採り、痩身であることを良しとするダイエット嗜好とは対照的である。ベリーダンスで使用されるほとんどの基本的なステップやテクニックは、体の部分ごとに分かれた円運動である。つまりは腰や肩を床と平行に別々に動かすのである。 つま先だけで踊るダンス。 非常にSEXYですが、相当な運動量であることは間違いないようです。 ベリーダンサーは母親が韓国籍、父親が日本籍と観客へのリップサービスも忘れませんでした。

ベリーダンス(Belly dance)



 ベリーダンスのもたらす恩恵は精神にも健康にも存在する。ダンスは心肺能力によい働きをもたらし、身体の柔軟性と強靱さを増強させ、胴体や「コア・マッスル(体幹)」を引き締めるが、脚の筋力形成にもよい影響をもたらす。多くのベリーダンス・スタイルは筋肉の「孤立した動き」を強調するため、ダンスを学ぶことで様々な筋肉や独立した筋肉系統の動かし方を習得出来る。
 新たなエクササイズです。



ナイル川クルーズ タンヌーラダンス



 エジプトの伝統的な民族舞踊「タンヌーラ(Al-Tannura、スカートの意味)」:男性が大きなスカートをグルグル回転させて踊りますが、日本の色独楽風で綺麗です。イ
 スラームの修行の一部をステージ化したものだそうです。 ダンサーは4枚のスカートをまとっていて、1枚ずつ脱いでいく。このスカートは4つの季節を象徴しています。 また時計と反対周りにまわるということは、イスラム教徒たちが、メッカのカーバ神殿の周りを回るのと同じということ、またダンサーが右腕をあげ、左腕をさげる時、それは地球と天国の融合を示すのです。そして、ぐるぐる回ることによってトランス状態になり神と一体化し、天国へと導かれるというのが、このタンヌーラ・ダンスです。 別の名前でスーフィーダンス。 

ナイル川クルーズ



 アスワンでは、残念ながらファルーカは風のため無理でしがエンジン付きボートで、暮れなずむ夕陽のクルージング。 アスワンのナイル川を行くファルーカと停泊中の多数のファールカ風の為に断念したが乗ってみたい船です。

 
 いずれも素晴らしいものです。



詳細は、 アフリカ・エジプトのナイル川クルーズ(ファルーカとベリーダンス他)


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海外写真|アフリカ・エジプトのコム・オンボ神殿(ワニの神殿)
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 コム・オンボはルクソールの南167km、アスワンの北46kmにある小さな街です。 コム・オンボ神殿は前王朝の時代にはワニ神の神殿があったという。 コム・オンボではプトレマイオス6世(前163−前145年)が建てた神殿で、二重構造で有名なコム・オンボ神殿があります。

コム・オンボ神殿



 コム・オンボ神殿は、プトレマイオス朝時代(紀元前306年 - 紀元前30年)、ローマ時代に建造され、豊穣神セベック(ワニの神)と太陽神ホルス(ハヤブサの神であるハロエリス神)の2神がまつられています。
 コム・オンボ神殿の井戸(ナイルメーター) 神殿の広場には井戸があり、この井戸の水位の高さでナイル川氾濫の予想をしたそうです。その予想結果を元に年間の年貢を取り決めていたそうです。
 

最古のカレンダー(太陽暦)



 このコム・オンボ神殿の神殿内部の壁に彫りこまれた彫刻は、最古のカレンダー(太陽暦)だと言われています。 画像左側の手垢に汚れている部分がカレンダーです。


コム・オンボ神殿 出産



 古代の外科用の器具、骨を切るノコギリ、歯の治療器具などが壁のレリーフに刻まれているのが注目されます。 医療器具や妊婦の分娩の様子を表しているというレリーフでは、妊婦はトイレのような台の上にしゃがんで分娩しています。

 なんだか見ていると何千年も前から医療技術は相当進んでいたんだなと思います。


アフリカ・エジプトのコム・オンボ神殿(ワニの神殿)


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海外写真|アフリカ・エジプトのエドフ神殿(ホルス神殿)
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■エドフ(Edfu、仇討ち)は、ナイル川の西岸、アスワンの北123kmに町があります。
それはプトレマイオス朝時代に遡ります。かつては上エジプトの州都として栄えた町。 
ホルス神殿・エドフには、隼の形をしたホルス神に捧げられた神殿、エドフ神殿(別名、ホルス神殿)があります。 
エジプト神話による、ホルス神(ハヤブサ)とセト神(カバ)の戦いが行われた場所の1つです。
 

エドフ神殿(ホルス神殿)




エドフ神殿(ホルス神殿)は、トトメス契せ代の古い神殿があったが、プレトマイオス朝時代に新たな神殿が建て直された。 
紀元前237年から紀元前57年の間に建設され、現在、エジプト内でも最も保存状態がよいもの。 レリーフが削られていたり、デザインが洗練されていなかったりする為に美術的にはあまり見るものはありませんが、エジプトの神殿建築の構造が良くわかります。 
エドフでは巨大な塔門(さ36m、幅137メートルの第一塔門)を持つホルス神殿。 
ファラオ時代とギリシアの建築様式を取り入れた壮麗な建造物です。エジプトの神殿で最も美しい神殿の一つで、カルナック神殿に次ぎ2番目に大きな神殿です。  
エジプト歴代のファラオはホルス神の化身とされています。 
ホルス神は鷲(隼と言い説も)で、このホルス神がエジプト航空のマークとなっています。 
壁面のレリーフの一部は、コプト教会として使用されていた時代に破壊されている。 
入口にはナイロメーターと巨大な塔門があります。
1860年、有名な考古学者マリオットによって発見されました。
壁面にはプトレマイオス朝の歴史が描写されています。エドフ神殿では、神殿の奥の至聖所には、復元されたホルス神のレバノン杉で作られた珍しい聖船が残っていました。


上下エジプト統一の象徴の二重王冠のホルス神 黒い花崗岩で出来ています。 


エドフ神殿(ホルス神殿)



ホルス(Horus)は、エジプト神話に登場する天空と太陽の神。
オシリスとイシスの子で、セトの敵対者である神としての神話が特に有名だが、神話によってはオシリス、イシス、セト、ネフティスに続く5人目の兄弟となる事もある。
妻としてはハトホルが有名だが、その他の女神を妻とする事もある。




アフリカ・エジプトのエドフ神殿(ホルス神殿)


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