「世界の切手と海外写真」店長ブログ!

「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」の店長です。切手収集や海外旅行等雑多な趣味・コレクション・写真を通じて日々の出来事や感じた事を書き記してます。神奈川出身、三重県・名張市在住。
インドのデリーにある世界最高のミナレット クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

JUGEMテーマ:世界遺産(海外)

インドのデリーにある世界最高のミナレット クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

 インドのデリーにある世界最高のミナレット クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)は世界遺産となっています。
 クトゥブ・ミナールは、1200年ごろに奴隷王朝の建国者であるクトゥブッディーン・アイバクによって、クワットゥル・イスラーム・モスクに付属して建てられた。 ヒンドゥー様式とイスラーム様式が混在した様式となっている。内部を見学してみるとヒンドゥー教・ジャイナ教の寺院などを破壊し、その石材を転用して制作されたものの様です。


クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

モスクの聖壇(ミハラブ)部分・・ヒンズー様式とイスラム様式が混在しているモスク


クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

崩れてしまったモスクの残された巨大な壁の装飾。 タイ・バンコクの世界遺産で見た様な? 確か仏塔プラ・スワンナ・チェディを支えているヤックの様な感じがします。


クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

 クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)は、高さが72.5mあり、世界で最も高いミナレット(Minaret)。これでも地震や落雷などで先端が崩れた後に修復してあり、当初は100mほどの高さがあったという。直径は、基底部14.3mに対して先端部2.75mであり、文字どおりの尖塔である。
 ミナレットは、イスラム教の宗教施設に付随する塔。塔の上からはイスラム教徒に礼拝(サラート)を呼びかけるアザーンが流される。初期イスラーム世界では、ミナレットはイスラームの権威の象徴となっていた。 そういえば、エジプトに行った時には早朝の4時頃から耳をつんざくような音量でアザーンが流れていた事を思い出します。


クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

 モスクの境内の中に、4世紀に作られたヒンドゥー教の錆びない鉄柱(『チャンドラヴァルマンの鉄柱』)が立っています。100%に近い高純度の鉄で作ったとされる鉄柱は、1600年経った今でも錆びずに残っている。 鉄柱表面に刻まれたサンスクリット語の碑文によると、この鉄柱は西暦415年、マウリヤ朝によって作られた。
 頂上には装飾的なチャクラがあしらわれている。 直径は約44cm、高さは約7m、地下に埋もれている部分は約2m、重さは約10トン。 これも世界遺産となっています。 一般に『アショーカ王の柱』と呼ばれているが、アショーカ王の建てたものではなく、アショーカ王より700年近くも後のもの。


クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

 クトゥブ・ミナールから北に150mほど離れた場所に、未完のミナレットであるアライ・ミナールがある。財政難で工事が中断し、現在は直径25mの巨大な基底部を見ることができる。 完成していればクトゥブ・ミナールを超え、100mを大きく超える塔になっていたとされる。


クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)

参考ページ 「アジアの旅行写真|摩訶不思議な国インド旅行 デリー 世界遺産
      「微笑みの国・タイ 天使の都・バンコク(Bangkok)を中心にローズ・ガーデン等

#クトゥブ・ミナール #デリー #世界遺産 #ミナレット #鉄柱


| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 17:06 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
世界遺産 タージ・マハル廟(Taj Mahal)のあるアーグラ(Agra)

JUGEMテーマ:世界遺産(海外)


アーグラ(Agra アグラ)はガンジス川最大の支流であるヤムナー川沿いに位置する都市。
古代叙事詩の『マハーバーラタ』において、アグラヴァナ(「前方の森」の意)と表記されていた。3世紀のプトレマイオスが制作した世界地図にも、その位置が記されている。2018年4月19日訪問。環境保護のため付近への車両の乗り入れが禁止されており、駐車場から入口までは歩くか電動自動車に乗り換える必要がある。

タージ・マハルは、ムガル帝国王妃ムムターズ・マハルのための総大理石の白亜の霊廟。 ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンによって建立。 インド・イスラーム文化の代表的建築で、1632年着工、1653年竣工とされる。 1983年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、2007年に新・世界七不思議に選出された。 庭園奥には中央に高さ5.5mの基壇の上に立つ白亜の墓廟があり、四隅には4本の尖塔が建っている。4つの尖塔は「皇妃に仕える4人の侍女」に喩えられる。 墓廟は横と奥行きがどちらも57mの正方形を基本に、四隅が切られた変形八角形をしている。対して高さは丸屋根上部までが58m、上に据えられた頂華の長さを加えると更に高くなる。


真正面 タージ・マハル

南の大楼門は赤砂岩づくりで高さ約30m。イスラーム建築で多用される大きなアーチを持つイーワーンであり、両側には八角形の太い塔がある。イーワーンの上には、ファテープル・シークリーの寺院にも見られる白い鍾乳石の型体をした11個の丸屋根がある。奈良東大寺の南大門(25.4m)をしのぐ大きさ。

【ニューデリー時事】インドでは、北部ウッタルプラデシュ州アグラで2018年4月11日夜に最大瞬間風速が時速100キロ(秒速約28メートル)を超える暴風が吹き荒れ、世界遺産「タージマハル」の門が損傷した。現地紙タイムズ・オブ・インディアなどが報じた。 一時、時速130キロ(秒速約30メートル)に達した風の影響で、タージマハルの門の上に設置されたミナレット(尖塔(せんとう))の2本が倒壊した。一方、霊廟本体を囲むより高いミナレット4塔は無事だった。(AFP)

左はタージ・マハルのチケット売場  右は南の大楼門


タージ・マハルの入口 南の大楼門

タージ・マハルは南北560m、東西303mの長方形の敷地にある。南端の約1/4部分は前庭があり、その北端にある大楼門を挟み広がる庭園は一辺296mの正方形であり、水路と遊歩道によって東西南北それぞれに2等分され、さらにそれぞれが4つの正方形で区分されている。その北には敷地の約1/4を占める基壇の上に、廟堂を中心に西側にモスク、東側に集会場がある。


東側の集会場 タージ・マハル

墓廟に刻まれたコーラン 墓廟 南入口(南の大楼門から入る口)と墓廟 北入口


墓廟 南入口 墓廟 北入口

タージ・マハルの建材:大理石はラージャスターン地方のジャイプル産。赤砂石はファテープル・シークリーの石切り場から運ばれた。翡翠や水晶は遠く中国から、トルコ石はチベットから、サファイアや瑠璃はスリランカから、カンラン石はエジプトから、珊瑚や真珠貝はアラビアから、ダイヤモンドはブンデルカンドから、アメジストや瑪瑙はペルシャから集められた。他にも、碧玉はパンジャーブ地方から、ラピスラズリはアフガニスタンから、カーネリアン(紅玉髄)はアラビアから取り寄せられたものだという。 


西側のモスク

タージ・マハル墓廟から見た南の大楼門(大風で事故があった部分・右側のミナレットが無い)


タージ・マハル墓廟から見た南の大楼門

【ニューデリー時事】インド北部を2018年5月2日、猛烈な砂嵐が襲い、AFP通信によると少なくとも116人が死亡した。犠牲者の多くは、倒れた木や家の下敷きになったとみられる。地元民放NDTVによると、世界遺産「タージマハル廟(びょう)」があるウッタルプラデシュ州アーグラでは43人が死亡したという。  NDTVは「嵐が家を倒壊させ、木を根こそぎにし、電線を引きちぎった。死者の多くは、就寝中に崩れた家の下敷きになった」と報じた。在インド日本大使館によると、これまでのところ日本人が被害に遭ったという情報はない。(時事ドットコム 2018/05/03-23:44)

#アーグラ #タージ・マハル #インド #ムガル帝国 #世界遺産



参考ページ  「タージ・マハルのあるアーグラ(Agra) 世界遺産


| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 13:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
シルクロード|「月の砂漠」に出てくるような敦煌の鳴沙山、月牙泉

JUGEMテーマ:旅行


 鳴沙山(めいさざん)は、敦煌の市街から南に6キロのところに位置する砂山で、以前は神沙山と呼ばれていました。 風が吹くと音をたてるので、鳴沙山と呼ばれるようになりました。
 鳴沙山はすべて砂が堆積してできたもので、東西に約40キロ、南北に約20キロ広がっています。 山腹には風が創り上げた、美しい水波状の砂紋があります。 入場料として120元を払って中に入ります。



敦煌の鳴沙山


 月牙泉は鳴沙山の北麓に位置する三日月形(中国語で月牙)の湖です。 以前は今の約5倍の大きさがあったといわれています。 砂漠の中で2000年という時を経ても、絶え間なく沸き続け、澄んだ美しい水を湛えています。
 古来には仙人が住む場所として、寺院が建てられたこともあったようです。 現在も湖を挟んで正面に立派な寺が建てられています。
 水の中には50-60cmの大きな魚(たぶん鉄背魚でなくソウギョと思う)が多数いました。 訪問したのは2016年6月4日。
 ≪ニュース≫甘粛省敦煌市観光局の2016年5月2日発表によると、5月1日、国際的な観光都市・敦煌市の有名観光スポットの月牙泉に非常に珍しい「鉄背魚」が水面に姿を現し、一目見ようと集まった大勢の観光客が写真に収めていた。中国新聞網が伝えた。(詳細



月牙泉


 鳴沙山の上から見た月牙泉 砂漠のオアシスの風情で神秘的な景色で絶景です。 緑色にたたずむ泉と楼閣、その後ろにある砂丘、は絶妙のコントラストを醸し出しています。 砂漠を歩き疲れて、この泉にたどり着いた昔の人々は、さぞかし幸せな気持ちになったのではないでしょうか。



敦煌の鳴沙山、月牙泉


 シルクロードといえば、砂丘を駱駝に乗った商隊が進んでいく様子を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。 朝日や夕日を浴びて金色に輝く風景は、幻想的で美しく、我を忘れて見入ってしまいます。 その中を観光用のラクダが列を作って行く姿は、まるで月の砂漠そのものです。 ちなみに鳴沙山の東の麓には莫高窟が拡がっています。



敦煌の鳴沙山


 中国人の観光客は一様に、靴に砂が入らないようにオレンジのカバー(有料)を着けていました。確かにいいアイデアだが、中国人は何でもお金に換えてしまう。



参考ページ アジアの旅行写真|シルクロード 敦煌はシルクロードの分岐点として栄えたオアシス都市
| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 14:19 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
シルクロード|西安にある弘法大師空海が遣唐使の頃に学んだ寺

JUGEMテーマ:旅行

シルクロード|西安にある弘法大師空海が遣唐使の頃に学んだ寺

 青龍寺(せいりゅうじ,しょうりゅうじ)は、中国陝西省の古都、西安市南郊の雁塔区鉄炉廟村にある仏教寺院であり、弘法大師空海ゆかりの寺として知られている。 唐末五代の動乱によって、都の長安は急速に寂びれてしまった。 1982年以来、西安人民政府が、青龍寺の遺址と伝承されてきた石仏寺周辺の発掘調査を行い、多数の唐代の遺物を発掘し、この地が古の青龍寺であったことを確かめた。



青龍寺の山門


 弘法大師空海は延暦23年(804年)、正規の遣唐使の留学僧(留学期間20年の予定)として唐に渡る。 第16次(20回説では18次)遣唐使一行には、最澄や橘逸勢、後に中国で三蔵法師の称号を贈られる霊仙がいた。 同年12月23日に長安に入った。 31歳。
 ここは唐代から楽遊原 と呼ばれる名所で、李商隠の漢詩にも謳われたところだとか。 漢詩: 向晩意不適 驅車登古原 夕陽無限好 只是近黄昏
 お寺専属の日本語ガイドさんが境内を案内してくれます。

 


弘法大師空海


 永貞元年(延暦24年、805年)2月、西明寺に入り滞在し、空海の長安での住居となった。 同年5月になると空海は、密教の第七祖である唐長安青龍寺の恵果和尚を訪ね、以降約半年にわたって師事することになる。
 師匠の恵果は空海が過酷な修行をすでに十分積んでいたことを初対面の際見抜いて、即座に密教の奥義伝授を開始し、空海は6月13日に大悲胎蔵の学法灌頂(かんじょう)、7月に金剛界の灌頂を受ける。

 今、境内には日本からの寄贈で、空海記念碑、恵果・空海記念堂が建つ。また、青龍寺は元四国霊場会会長蓮生善隆(善通寺法主)により四国八十八箇所の零番札所と名付けられた。そして、空海記念碑の周りに置かれた4つの球体は四国4県を表しています。



空海記念碑


※灌頂とは、主に密教で行う、頭頂に水を灌いで諸仏や曼荼羅と縁を結び、正しくは種々の戒律や資格を授けて正統な継承者とするための儀式のことです。



参考ページ アジアの旅行写真|シルクロード 西安は中国古代の諸王朝の都となった長安
| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
世界遺産|西安の秦始皇兵馬俑博物館

JUGEMテーマ:世界遺産(海外)


 兵馬俑(へいばよう)は、古代中国で死者を埋葬する際に副葬された俑のうち、兵士及び馬をかたどったもの。現在までに約8000体の俑が確認されている。兵士の俑にはどれ一つとして同じ顔をしたものはない。また、かつては兵士の俑のそれぞれに顔料で彩色がされていた。下の写真は始皇帝陵兵馬俑坑1号坑にて。



始皇帝陵兵馬俑坑1号坑にて


 6月は中国で一斉の大学受験日。受験生を持つ親子は試験場所の近くで宿泊しており、受験が終わるまで付き添っています。 兵馬俑も、いつもは大混雑する場所だが、お陰で見学者が少ない。

 博物館の1号館に入るには電気自動車で5分の乗車が必要です。戻りは徒歩です。 何だかちぐはぐした感じですが、せっかく作ったので利用するのだろうと思う。
昔、同じような電気自動車に乗った覚えがあります。エジプトでハトシェプスト女王葬祭殿へ入り口から向かう時に行きは自動車、帰りは徒歩でした。あの時は物乞いの子供たちが沢山無賃乗車し、女性は困っていた。今回はそのような事はなかった。

 


跪射俑


 上の写真は跪射俑です。 2号坑の東部で出土し、武器として弓を所持していた。跪射俑は左膝を曲げて立て、右膝を地につけた形状が特徴的である。下衣に戦袍を着て、外側に鎧を着け、頭頂の左側に髷を結っている。立射俑とともに弓弩兵の四方戦陣を構成しており、陣の内側に配置されている。

 兵馬俑は見るものを圧倒します。写真で見る兵馬俑は単純にすごいなとの感触でした、しかしいざ実物を見てみると気持ちが一新しました。あの存在感や生命力みなぎる姿は、我々を圧倒させるものでした。 その陰で下の写真の様に、発掘された兵馬俑の補修をする研究員がいて、彼らのいくつかの破片を組み合わせる地道な活動があって威風堂々とした兵馬俑が見れると思うと頭が下がる感謝の気持ちで一杯です。



兵馬俑の補修をする研究員


 今、東京、大阪、福岡で特別展「始皇帝と大兵馬俑」が開催されています。ご興味がある方はどうぞ。




参考ページ アジアの旅行写真|シルクロード 西安は中国古代の諸王朝の都となった長安
| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 17:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
シルクロード|トルファンの火焔山は燃える様な山 西遊記に登場

JUGEMテーマ:旅行


 吐魯番(トルファン)といえば、火焔山やブドウやハミウリ(メロン)などの果物や綿花の栽培、そして世界遺産になった紀元前から栄えた高昌故城やベゼクリク千仏洞(最盛期は9世紀の高昌ウイグル王国の時代の芸術品)とカレーズ(ペルシャ語で「地下水」)が有名です。 なかでも西遊記に出てくる火焔山は最も有名な観光スポットです。またトルファンは中国で一番熱い地域と言われ、火州とも呼ばれています。その中でも火焔山の暑さは特別です。



火焔山

 火焔山は、タクラマカン砂漠タリム盆地の北部、トルファン盆地の中部にあり、意外や平均海抜は約500m、全長は約100km、幅は平均10km。 最高峰は勝金口近くの851mです。 後ろに見える山々は6500m級の冠雪した山が連なる祁連山脈です。
 極度の乾燥地帯で、夏には地表から立ち上がる陽炎によって燃え上がる炎のように見えるので火焔山とよばれるようになりました。 特徴的な地形は、火山活動による溶岩が、長年にわたってガリ侵食などで削られてできたもの。
 この地域は平均気温が高いことで知られ、夏の気温が摂氏50度を超えることも頻繁です。この日も40℃をはるかに超えていた。サウナ風呂に入った感じです。

 


火焔山のラクダ

 近くにはベゼクリク千仏洞があります。火焔山の横を流れるムルトゥク河の断崖にある石窟寺院です。「装飾された家」という意味の仏教石窟です。石窟の中の芸術品は壊され、持ち去られ見る影もありません。
 その入り口にでんと構えるのは火焔山、飼いならされたラクダがいて山上まで連れて行ってくれます。料金は200元、凡そ3,200円位。
 ラクダで行く姿は月の砂漠のイメージとぴったりです。



三蔵法師の一行

 同じ入り口には西遊記の三蔵法師の一行の銅像やどう見ても日本人の三蔵法師一行の写真が大きく貼り出してありました。 見覚えがある顔が勢揃いしています。誰が誰かわかりますか? ドラマ「西遊記」で使われたゴダイゴの歌(オープニング:「Monkey Magic」、エンディング:「ガンダーラ」)は懐かしい。



西遊記 日本人

「西遊記」は、中国で16世紀の明の時代に大成した伝奇小説で、唐僧・三蔵法師が白馬・玉龍に乗って三神仙(神通力を持った仙人)、孫悟空、猪八戒、沙悟浄を供に従え、幾多の苦難を乗り越え天竺へ取経を目指す物語。
火焔山より西南に千四五百里もの先にある翠雲山芭蕉洞に住み、火焔山の燃え盛る炎を消すことが出来る秘宝・芭蕉 扇を持つ地仙・羅刹女は鉄扇公主とも呼ばれている。
 羅刹女は牛魔王の妻であるが、牛魔王が愛人の玉面公主(正体は玉面狸)を作って芭蕉洞へ帰って来ないため不機嫌を募らせていたところに孫悟空が芭蕉洞を訪ね、火焔山の炎を消すために芭蕉扇を借りたいと頼み込む。
ところが鉄扇公主にとって孫悟空は息子である紅孩児の仇・・・・・やがて天将の加勢もあって牛魔王が捕らえられたので、鉄扇公主も観念して悟空に本物の芭蕉扇を渡し、自らも正しい道に入るべく修行を積むために地上を去った。(Wikipediaから引用)


参考ページ シルクロード 吐魯番(トルファン)は東西文化と宗教が混じりあう所
| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アジアの旅行写真|シルクロード(絲綢之路) 西安のビャンビャン麺

JUGEMテーマ:旅行


 兵馬俑坑の近くで見つけた難しい字。食べ物に関することだそうです。 もしご存知なら、かなりの中国通です。 実はこの漢字はどの辞書にも載っていないそうです。現地の人に聞いたら”biáng(ビアン)”と言うそうです。 この看板が出ていた場所はビャンビャン麺のお店です。 この字は中国で常用でされている辞書には載っていません。コンピュータでの入力も不可能な漢字です。 

ビャン

 下の写真がその麺ですが、昼ごはんの時に珍しそうなので兵馬俑坑の近くのレストランで、特注で作ってもらいました。 きしめんより幅が広くそして長く、ピーナツ油の香りがして非常に美味しかった。 日本人にもすぐに食べられるものでした。ただ長すぎるのが玉に瑕。

 原料は小麦粉で、水と食塩を加えてこねて生地を作り、ゆでる直前に両手で伸ばし、2〜3cmの幅に平たく伸して成形する。 陝西省の咸陽市周辺(西安の空港があります)では、「油溌麺」とも言われる、ゆでた麺の上に唐辛子や刻み葱をかけ、それに熱したピーナッツ油などの油をかけて香りを出し、あえて食べる方法が主流で、特に冬になると唐辛子を大量にかけて食します。

ビャンビャン麺

参考ページ アジアの旅行写真|シルクロード 西安は中国古代の諸王朝の都となった長安
| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 17:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アジアの旅行写真|シルクロード(絲綢之路) 楼蘭の美女

JUGEMテーマ:旅行

 シルクロード(絲綢之路)のオアシス都市ウルムチは、天山山脈北麓のジュンガル盆地東南縁に位置しています。市区人口は135万人、都市圏人口は183万人。四方のどの海からも2,300km以上離れているため、「海から最も遠い都市」などとも呼ばれる。 

新疆ウイグル自治区博物館

 新疆ウイグル自治区博物館は、新疆ウイグル自治区での発掘品を収蔵する自治区最大の博物館。楼蘭(ローラン)の美女(女性のミイラ)の展示で有名です。 このミイラは紀元前19世紀(約3,800年前)に埋葬されたものであることがわかっています。死亡時の年齢は約40歳、身長155センチメートルと推測されている。

楼蘭の美女

 楼蘭の美女の名前で知られる女性のミイラは1980年に楼蘭鉄板河遺跡で発見されたミイラで、発見当初には日本の新聞の一面を飾った記憶があります。一目で美しい白人女性と分かるミイラで、肌は白く、髪は黄褐色、そして彫りが深い・・・文字通りの「美女」でした。

楼蘭の美女

 写真は似顔絵です。
 楼蘭(Loulan,推定されている現地名はクロライナ Kroraina)は、中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部(現在の中国・新疆ウイグル自治区チャルクリク)に、かつて存在した都市、及びその都市を中心とした国家。「さまよえる湖」ロプノールの西岸に位置し、シルクロード(絲綢之路)が西域南道と天山南路に分岐する要衝にあって、交易により栄えた。4世紀頃からロプノールが干上がるのとほぼ時を同じくして国力も衰え、やがて砂漠に呑み込まれた。


参考ページ アジアの旅行写真|シルクロード 烏魯木斉(ウルムチ)は「海から最も遠い都市」
| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 09:10 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
アジアの旅行写真|バリ島のタナロット寺院(Pura Luhur Tanah Lot)
JUGEMテーマ:旅行
 

バリ島のタナロット寺院(インドネシア語:Pura Luhur Tanah Lot)は、インドネシア・バリ島中西部の海岸にある寺院でバリ六大寺院のひとつ。干潮時には陸続きとなり、歩いて渡ることができる。夕暮れ時には美しいシルエットを形成している。 名前の由来は、真ん中の土地という意味のトゥンガ・ロットが変化したものといわれている。また、通称ロックテンプルとも呼ばれている。
Tanah Lot is a rock formation off the Indonesian island of Bali. It is home of a pilgrimage temple, the Pura Tanah Lot (literally "Tanah Lot temple"), and a popular tourist and cultural icon for photography and general exoticism.


まさに夕陽が沈む タナロット寺院
タナロット寺院(Pura Luhur Tanah Lot)


 

バリ島のタナロット寺院(インドネシア語:Pura Luhur Tanah Lot)は、16世紀にジャワの高僧ダン・ヒャン・ニラルタがこの地を訪れ、この景観こそ神々が降臨するにふさわしい場所として、村人に海の守護神を祀る寺院を建てるよう勧めたのがはじまるという。
海岸の洞窟には、寺院の守り神とされる海蛇の巣があります。 丁度、通りかかったときに数万羽と思われる蝙蝠が飛び立ちました。


タナロット寺院(Pura Luhur Tanah Lot)


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■「アジアの旅行写真|バリ島のタナロット寺院(Pura Luhur Tanah Lot)」の詳細は、  「アジアの旅行写真|インドネシア バリ島(Pulau Bali)旅行 寺院・神々」


■「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」では,330カ国を超える世界の切手や海外旅行の写真を紹介してます。


「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」

| kunio切手・写真の店長 | 海外旅行|アジア | 15:54 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
アジアの旅行写真|ジャワ島の世界遺産・プランバナン寺院遺跡 
JUGEMテーマ:世界遺産(海外)
 

プランバナン寺院群(Prambanan Temple Compounds) は、ヒンドゥー教の遺跡としてはインドネシア最大級で、仏教遺跡のボロブドゥール寺院遺跡群と共にジャワの建築の最高傑作の一つとされています。

インドネシアのヒンドゥー教は、紀元前1世紀頃に渡来したと推測する説もあるが、確かな証拠もなく、実存する歴史的な資料によれば、5世紀頃より広まって行ったと推定されており、その影響範囲は、スマトラ島、ジャワ島、バリ島等が中心となり、次第にインドネシアの諸地域へおよんで行った。
ジャワ島中部を中心にして栄えた、「ジャワ・ヒンドゥー」文化は、13世紀にイスラム教の布教による影響で、その勢力は、次第に、減退して行き、16世紀にイスラム教が台頭して行く過程のなかで消滅して行ったが、ヒンドゥ的な要素は、今日に至るもジャワ島の各地で見るジャワ文化の底流に表れている。


世界遺産・プランバナン寺院遺跡


世界遺産・プランバナン寺院群(Prambanan Temple Compounds)  寺院群のうち中心的存在であるプラバナン寺院は古マタラム王国のバリトゥン王(在位898年〜910年)による建立と言われる。古マタラムの王宮もこのあたりにあったと考えられているが、伝染病が流行り10世紀ごろ遷都した。のちの1549年の地震で遺跡のほとんどが崩壊した。
プランバナン寺院群の回廊には、ジャワ美術の傑作とされる古代叙事詩〈ラーマーヤナ〉の物語が浮彫りされている。

夕陽に映える 世界遺産・プランバナン寺院群(Prambanan Temple Compounds)
左からガルーダ寺院、手前がアピト寺院、大きな3つはヴィシュヌ寺院、シバ寺院とプラーマ寺院


世界遺産・プランバナン寺院遺跡


Prambanan Temple Compounds Built in the 10th century, this is the largest temple compound dedicated to Shiva in Indonesia. Rising above the centre of the last of these concentric squares are three temples decorated with reliefs illustrating the epic of the Ramayana, dedicated to the three great Hindu divinities (Shiva, Vishnu and Brahma) and three temples dedicated to the animals who serve them.


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■「アジアの旅行写真|ジャワ島の世界遺産・プランバナン寺院遺跡」の詳細は、  「アジアの旅行写真|インドネシア ジャワ島の世界遺産・プランバナン寺院遺跡」


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「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」

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