「世界の切手と海外写真」店長ブログ!

「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」の店長です。切手収集や海外旅行等雑多な趣味・コレクション・写真を通じて日々の出来事や感じた事を書き記してます。神奈川出身、三重県・名張市在住。
名張の地蔵院青蓮寺|ハス:大輪の“笑顔”160鉢
 名張市青蓮寺の地蔵院青蓮寺で、160鉢に約150種類のハスの花が、次々と咲いている。7月初旬から咲き始め、9月中旬まで、ピンク、白、黄色などの大輪を順に楽しめる。

 このハスは寺の耕野一仁住職が、05年3月、伊賀市の慶明寺からレンコンを譲り受けたのが始まり。今年4月、地域住民約30人が協力し、根が出たレンコンを植え替えた。以降、住職や家族が毎朝2時間かけ水やりをしたり、肥料を与えながら丁寧に育てた。

 耕野住職は「雨上がりなど雨粒がコロコロ流れてきれい」と話している。早朝から午前10時ごろまでが見ごろ。観覧自由。【宮地佳那子】

〔毎日新聞 2009年8月5日 伊賀版〕

地蔵院青蓮寺の大輪の蓮の花
2009年8月6日早朝 ご近所さんが撮影

 所在地は、〒518-0443三重県名張市青蓮寺327。 伊賀四国八十八ヶ所第四十八番霊場ならびに三重四国八十八ヶ所番外の寺。 十七世一弘大僧正(前住職)を輩出した古寺でもある。
 同寺院の歴史は、今から約1200年前、真言宗の開祖である弘法大師空海が近隣の室生寺から現在の青蓮寺地区入り教えを広め、その後、地域住民が力を合わせて寺を作り上げたのが起源とされている。
 その後、室町時代に青木信定によって、青蓮寺城(伊賀青蓮寺城)が築かれたため、寺院は広大な敷地を持つ。
 弘法大師空海が青蓮寺で「青い蓮が咲き開く風景を見た」という言い伝えから、8月には寺院内に120以上の様々な蓮の花が咲き乱れる。中には、貴重な1951年に千葉県で発見された弥生時代の蓮である、「大賀ハス」などもあり、多くの観光客が訪れる。

「世界の水辺に咲く可憐に咲く花の切手 」の頁は こちら です。

「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」では,330カ国を超える世界の切手を写真で紹介してます。
「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」 
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
夏祭りです|今日は名張川の納涼花火大会!
静寂の中で花火の「音」を楽しむプログラムと、音楽を組み合わせたショー的要素のプログラムとの2部構成で花火大会を盛り上げます。お楽しみに!
名張川納涼花火大会は、昭和5年11月の参宮急行電鉄(現近鉄)の開通を記念して、翌年より電鉄会社の協力で創出されたものです。


太平洋戦争前は、沿線で唯一の花火大会として知られており、昭和17年の戦争のため中断しましたが、昭和22年に復活し現在に至っています。

2009年7月25日土曜日

19:50〜21:00(予定)

名張川納涼花火大会ダイヤル
0990−50−8787

朝方は天気が良かったですが少し風が出て曇りです。
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
蛇:目撃で捜索 見つからず「注意を」 名張・八幡区 /三重
名張市薦生の市立薦原小周辺で、「体長3メートルの蛇を目撃した」との情報が地元の八幡区に寄せられ、31日、住民ら約60人が捜索活動を行った。しかし、目標の蛇は見つからず、同区は引き続き注意を呼びかけている。

 同区によると、目撃したのは市内の男性で、13日昼ごろ、同小近くの市道で成人男性の腕の太さぐらいあるクリーム色の蛇がはっているのを見たという。学校周辺の安全を確保するため、捜索を行った。参加した天王寺動物園(大阪市)の職員、芝野利夫さん(53)=名張市新田=によると、情報が正確ならばニシキヘビの白変種で、ペットとして飼われていたのが逃げた可能性もあるという。

 この日は、地元住民や同小教職員、名張署員らが竹の棒を手に、学校を中心とした半径200メートルの林や川岸を捜索したが、体長約30センチのマムシ1匹を捕獲するにとどまった。森本義治・八幡区長(65)は「引き続き注意はするが、これで子どもたちも安心して通学できるのではないか」と話していた。

〔毎日新聞 2009年6月1日 伊賀版〕

確かにマムシがいるとの噂は以前から聞いていましたが、何だか3mと言えば相当な大きさです。 怖いですね。

| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 15:49 | comments(1) | - | pookmark |
小説、評論家・中島梓さんの訃報を聞きました
小説、評論家・中島梓さんの訃報
評論をはじめ幅広い執筆活動で知られ、推理小説やSFの作家として「栗本薫」の名前でも活躍した評論家の中島梓(なかじま・あずさ、本名・今岡純代=いまおか・すみよ)さんが26日午後7時18分、すい臓がんのため東京都品川区の病院で死去した。56歳。東京都出身。1人の作家の作品では世界最長と言われるSF大河小説「グイン・サーガ」は、未完結のままストーリーを終えることとなった。

もう10年以上も前になりますが、一度当地を訪問してくれた事がありました。確か其の頃はSF小説・「魔界水滸伝」にハマっていた頃で、話を聞けることが楽しみで講演会に行きました。内容は忘れましたが、非常に気さくな方の印象が強く、出身学校も一緒で色紙に「○○先輩へ・・・」と書いてくれました。
今でも其の色紙を大事に保存しています。
まさに、これからと言う時期に死去され本当に残念です。 お悔やみ申し上げます。

78年には栗本名の「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。テレビ世代の新しい感覚で描いたミステリーが話題になった。SFファンタジー「グイン・サーガ」は126巻(この他に外伝21巻)に及ぶ世界一の長編小説としてファンが多い。81年、「絃の聖域」で吉川英治文学新人賞を受賞した。他に「魔界水滸伝」、伊集院大介シリーズなど。
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 18:57 | comments(0) | - | pookmark |
古代日本のロマン:卑弥呼と邪馬台国のニュース(箸墓古墳)
JUGEMテーマ:歴史

奈良・箸墓古墳 「箸墓古墳の築造は240〜260年」…歴博 卑弥呼死亡時期と一致 
(2009年05月29日 読売新聞の記事全文を引用しています)

「卑弥呼の墓」との説がある箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)の築造時期について、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の研究グループが240〜260年とする調査結果をまとめた。31日開かれる日本考古学協会の総会で発表する。この年代は、魏志倭人伝に「卑弥呼以て死す、大いに冢(ちょう)を作る」と記載された247年頃と時期が一致し、倭の女王・卑弥呼がいた邪馬台国の所在地論争にも影響を与えそうだ。同グループの春成秀爾(はるなりひでじ)・同博物館名誉教授は「これで箸墓古墳が卑弥呼の墓であることは間違いなくなった。生前から墓をつくり始めていたのだろう」と話している。

年代は、同古墳から出土した「布留(ふる)0式」と呼ばれる土器に付着した炭化物など約20点を放射性炭素(C14)年代測定した結果、導き出された。 箸墓古墳は全長280メートルで、最初に築かれた巨大前方後円墳。邪馬台国論争の鍵を握る古墳として注目されている。

 今回の成果は、木の年輪が1年ごとに幅が違うことを利用した年輪年代測定法で補正していることなどから、慎重な見方もある。寺沢薫・奈良県立橿原考古学研究所部長は「今回測定された土器の試料のうち、築造時のものは少なく、誤差を考慮すれば、まだ結論を出すわけにはいかない」と主張する。

 邪馬台国論争を巡って、畿内説をとる白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長(考古学)は「分析の精度は極めて高いと認められ、造営年代に科学的な裏付けが与えられた」と指摘。

 一方、九州説の高島忠平・佐賀女子短大学長(同)は「今回の測定法で築造年代が決められるのか疑問。邪馬台国の所在地を決めるにはさらに議論をすべきだ」と語る。

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以前から箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)は卑弥呼の墓と言われて来た。 明日香と奈良の中間に位置し、傍を国道165号線が走っています。現在は、宮内庁により第7代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみことおおいちのはか)として管理されており、研究者や国民の墳丘への自由な立ち入りが禁止されている。倭迹迹日百襲姫命とは、『日本書紀』では崇神天皇の祖父孝元天皇の姉妹である。大市は古墳のある地名。『古事記』では、夜麻登登母母曾毘売(やまととももそびめ)命である。
諸説紛々の状況であるが、店長は近所でもあり京都や奈良にも長く生活した事もあるので真実として認めたい。若し仮に箸墓古墳のある場所が邪馬台国だったとするとと思うと古代ロマンへの興味がやまない。
奈良周辺だけでなく三重にも古墳が非常に多いです。


「Kunioの世界の切手紹介と海外写真集」

| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 17:25 | comments(0) | - | pookmark |
地元の名張は春だというのに雪が舞っている
今日は3月26日、地元の名張は春だというのに雪が舞っている。名張地方の今日の天気は晴れだったが?気温は相当低くストーブが離せません。

昔、三島由紀夫の「春の雪」と言う小説がありました。大正初期、まだ日本に華族や爵位の残る時代に、愛し合いながらも運命に引き裂かれる若い男女の姿を描いた、激しくも悲しいドラマだ。ふっと思い出しました。

話は変わりますが、桜前線も相当上がってきていると言うのに大丈夫かな?
「名張市夏見の名張中央公園で24日、名張桜まつりの開幕を告げるサクラ並木のちょうちんの点灯が始まった。咲いているサクラはまだ少なく、花見用の歩行者天国は週末ごろからの見込み。模擬店やフリーマーケットを行うイベントは4月4日、まつりは12日までを予定している。」と昨日報道があったが?

雪が積もらないことを祈ってます。
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 10:06 | comments(0) | - | pookmark |
名張の精肉業者が「伊賀肉」偽装販売
名張の精肉業者が「伊賀肉」偽装販売

昨晩から地元に関してのニュースが飛び交っており不安です。

★三重県産に他の産地の牛肉を混ぜ、「伊賀肉」と偽って違法に販売していた三重県名張市の精肉販売業者に対し、農林水産省は30日、法令順守を徹底するよう勧告した。
産地偽装をしていたのは名張市鴻之台二番町の「精肉のオクダ」で、農水省などによると、昨年12月、三重県産に他の産地の牛肉を混ぜ、三重県産の方に付けられていた「個体識別番号」だけを表示して販売し、牛トレーサビリティ法に違反していた。
店頭ではこの牛肉を「伊賀肉」と表示して販売していたほか、店舗の2階では、別の牛の番号を表示した焼き肉を客に出していたという。
「精肉のオクダ」は熊本県産の牛肉を1割程度混ぜていたとしており、「法律を理解しておらず、勉強不足だったと反省している」と話している。
農水省は再発防止策を実施した上で、来月30日までに報告書を提出するよう勧告した。
また、不適正な表示がJAS法や食品衛生法にも違反しており、三重県が文書で指導した。

ニュースソーズ中京TV  更新時間:2008-05-30 23:32

現在、伊賀牛をブランドとして売り出そうとしてた矢先で、地元の人間としては非常に残念。

| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 07:50 | comments(0) | - | pookmark |
名張の八日えびす開催
名張の八日えびす開催


七福神

神殿前での七福神の舞の奉納。

八日えびす ハマグリ

八日えびすにはつきもののハマグリ。
■名張小唄と八日えびす
♪ 春の八日市 えびすの宵に  名張おとめと袖すりおうて 吉兆 はまぐり 福当たり


今日が八日えびすの本祭りです。
お誘い合わせて一度行ってみてください。
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 13:15 | comments(0) | - | pookmark |
地元の名所・三重県名張・香落渓(こおちだに)
地元の名所・三重県名張・香落渓(こおちだに)


 
 写真クリックでページにジャンプします。

地元の名所・三重県名張・香落渓(こおちだに)を紹介します。
名張川の支流・青蓮寺川に沿う香落渓は、関西の耶馬渓と呼ばれる渓谷で、まるで斧で断ち割ったかのような柱状節理の岩肌が約8kmに渡って続いています。中でも天狗柱岩・屏風岩などの眺めは素晴らしく、その雄大な光景は自然の造形美を楽しませてくれます。
写真右手は曽爾村(ススキの群生で有名)で奈良県に続き、左手は名張市街地で凡そ自動車で10分程度の距離です。写真の後ろは赤目四十八滝です。此方も最近ではハイキングコースも整備され木漏れ日の中で四季折々の水・木を眺める事ができます。
私の住まいからは青蓮寺湖(ブラックバス釣大会やマラソンが最近行われている)の奥であり、本当に直そこにこんな景色があります。写真の下は川でもみじの頃はそれは賑わっています。
昔、この辺りは大きな地下変動があり川の両岸が隆起したか川の部分が陥没して出来たようです。どうも後者の方が正しいようです。
石が好きな私にはこの上ない楽しみの場所です。私の非常に大きなコレクションの一つにもなっています。
名張は良し悪しは別としてぶどうで全国的に有名ですが、こんな風景をノンビリと眺め赤目の温泉に浸かるのも一興かと思います。
人情味溢れる名張へ一度だけでなく何回もお出でください。
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 09:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
地元の歴史:名張・藤堂家
地元の歴史 名張・藤堂家


 名張 藤堂家


私も20年近く住んでいて城下町だった事知らなかったですが、城下町名張を語る上で欠くことが出来ないのが名張藤堂家邸跡です。消防署の近くにあり丸の内の地名が残っています。 津藩藤堂家の一門で寛永13年(1636)から明治維新まで11代にわたり、名張に居を構えた藤堂宮内家の屋敷跡です。現在残されている屋敷は、宝永7年(1710)の名張大火で焼失した後に再建された殿館の一部で「中奥」「祝間」「圍」などの私的な生活を送る建物です。 この屋敷とともに、「豊臣秀吉朱印状」「鉄唐冠形兜・一の谷形兜」「朱具足」「備前無銘刀」「藤堂高吉公一代記」「羽柴秀吉・丹羽長秀の書筒」など学術的にも貴重な文化財が、平成3年に名張藤堂家から市に寄贈されており、平成4年に保存修理事業が完了した屋敷とともに一般公開されています。藤堂家は伊賀上野と津にもあります。
| kunio切手・写真の店長 | 地元振興関連 | 07:43 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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